カテゴリー別アーカイブ: 9.アート、工芸

応為(おーい)

名前はとても大切。毎日、お名前を彫っていると、よりその思いは強くなります。名前が入っていることで、喜ばれ方が変るんですよね。だから、ありとあらゆるものにな入れサービスが生まれてきているのだと思います。

それほど大切な名前ですが、安易につけられちゃった名前も結構あるようです。ちなみに私の名前は「由香」ですが、父が自分の名前から一文字とってつけようとした名前をあまりにもダサいと感じてしまった母が、あわてて当時はやってた名前につけかえたものなのです(^_^;;)
そのつけ方のほうがダサい?かも(笑)

閑話休題

私の本名の話ではなく、後世に残る画号が安易過ぎちゃったかも?な方がありました。

本名は お栄(阿栄)

お栄の父は、冨嶽三十六景など天才的な作品を遺した江戸時代後期の浮世絵師 葛飾北斎。お栄もまた現代にでも通用しそうなすばらしい絵を遺しているのですが、その画号が葛飾応為(かつしかおうい)

父である北斎が、お栄を呼ぶときに「おーい」と呼んでいたためついた号だそうで、なんともまぁユニークです(^_^)

画号もユニークならその生き方もユニークで、北斎ともども超自由人で、片付けられない二人は引っ越しては汚し、汚れたらまた引っ越すを繰り返してたそうです。とにかくごみ溜めのような中で二人は絵を描き続けていたとのこと。

その才能はすばらしいもの
天才北斎が美人画を書かせたら応為にかなう者はいないと言わしめたほどの天才で、光の表現が秀逸で、また色彩感覚がずば抜けてて、当時の絵とは思えないほどの美しい画を残してるんです。
その一つが、吉原格子先之図 ↓↓↓

当時で、光と影をこんな風に表現されてるなんて、なんというかすごい。応為は北斎の助手をしていたこともあり、遺された作品は少ないのですが、その色使いや光の取り入れ方ものの捉え方は際立ってます。なのに、その評価は亜流としてのもの。画号のせいではなのでしょうが、もし画号がどうでもいいつけかたでなかったら、、、と思わずにいられません(余計なお世話ですけどね)
天才親子の合作

唐獅子は北斎、周りの牡丹は応為作
美しいです(*^^*)

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国内最大級の二階二重門に行ってきました

昭和40年から始まった京都の非公開文化財の特別公開に足を運んでみました。
訪れたところは、知恩院三門

写真撮影が禁止されていて、記憶に残すしかありません。
なんと景観も含め写真撮影禁止というのは初めてです。
(もしかしたら、今までもそういう禁止の場所に訪れてたかもしれませんが)

■ 国宝
知恩院の三門は現存の木造建築として国内最大級の二階二重門です。14年には国宝に認定されてます。知恩院が広大な土地に建立されているので納得の大きさなのですが、門というよりこれそのものが仏閣といってもいいぐらい大きかったです。ただ、やはり門だけあって上層階へ上がる階段はせまくかなり急。足の悪い人にはつらそうでした。降りるときにロープにしがみついて少しづつ降りている人もいましたから。これも一種の修行なのかとふと頭をよぎりました。

■ 三門の意味
知恩院の「三門」は、「山門」ではなく三つの門と書きます。
これは仏教用語の「三解脱門」からきていて、涅槃に入るために通らなければならない門をあらわします。
とらえどころのないものに捕らわれない心を表す「空門」
姿や形に捕らわれない心を表す「無相門」
執着に捕らわれない心「無願門」

私に足りないものばかりではないですか…
たまたま祇園をどりを見に行くときについでに寄った三門は、己を知らしてくれる天の計らいだったのかもしれません

■重要文化財
通常は非公開の上層には宝冠釈迦牟尼仏像を中心に善財童子と須達長者、そして釈迦のお弟子さんたちである十六羅漢像が一面に安置されていています。大きく迫力満点で、十六羅漢像のそれぞれの力強い眼にしばらく静止。でも、すぐに解説が始まり、たっている人はいません(^^;)

上層階の中は所狭しと並んだ仏像だけではなく、天井や柱、壁などには飛龍、迦陵頻伽(かりょうびんが)や天女、麒麟、マカラがびっしりと極彩色で描かれてます。これらの作者は不詳ですが狩野派によるものだとか。描かれているものが水に関係するものばかりなのは、木造建築である三門の火害から護る意味をこめられているとのことでした。龍が描かれている寺院仏閣はとても多いのですが、この三門の龍が飛龍であるのは雨を降らせる意味があるからなのだと納得です。

また、麒麟は皆さんご存知のキリンビールのラベルのモデルで神仙思想における伝説の生き物です。マカラはそのお顔でわかるように、しゃちほこのモデルになったのだそうです。(写真が欲しいところです…)

これらの重要文化財は、普段は公開されていませんが、春と秋には重要文化財の一般公開があります(^^)

龍を彫るために、いろいろな龍のある所を訪れています。訪れるほどに、話を聞くほどに、とても意味深いものなのだと実感せずにはいられません。

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漆器【ジャパン】

陶磁器や磁器が「チャイナ」と呼ばれるように漆や漆器は海外では「ジャパン」と呼ばれ親しまれているようです。

先日訪れた古民家を改装した和レストランでは食器まで引継いでいて、素晴らしい器とともに料理を提供されてました。古い器には金継ぎのあとがあり、オーナー自らが金継ぎをされているとのこと。金継ぎをすることは、割れた器を補修するだけでなく、命をつないでいるように思えます。古い工芸品に金継ぎをすることで新たな工芸品として生まれ変わっているからです。

補修の観点から見てみます。
昔からある漆器は驚くほど強いのは、金継ぎにできるほどの接着力と何よりも日本でとれた漆が日本の風土に合ったものなのだからなのだと思います。

残念なことに現在では日本でとれる漆は希少でとても高価。5倍以上の値がついてるそうですよ。神社や仏閣などで主に使われていますが、市場に出回っている漆器のほとんどは多くが中国や東南アジアからの漆が使われているとのこと。

ところでって何なのでしょうか。
人は傷ができればカサブタができますが、樹木に傷がつくと傷口を固めるために出る樹液がカサブタの役割をしてくれます。それが「ウルシオール」という樹脂成分。日本で採取された漆にはウルシオールが多く、日本で使用するのにぴったりなんですね。ですので、金継ぎに使う漆も高価ではあるけど日本製のほうが良いというのはうなづけます。

さて、漆器金継ぎもほぼ同じ工程を重ねます。採取した漆液から不純物をろ過して取除いた『生漆(きうるし)』を使って擦り漆をします。生漆は透明な琥珀色ですが、これを塗ることで木地固めになるので、この状態のままで使用することもできます。私たちがよく目にする黒漆は生漆に鉄混入による酸化で光沢のある深い黒色が出来ます。その名の通り漆黒です。元が琥珀色のため純白はできませんが黒と純白以外は顔料を入れて色を作ります。

話を戻して、擦り漆で木地を固めたあと、錆漆付け、錆研ぎ、漆塗り、漆研ぎ、、と工程があり乾燥の時間も必要とするため時間がかかります。この乾燥は一般的な乾燥と違い、水分が蒸発して乾燥するのではなく、空気中の水分を取込んでウルシオールが固体化していくことを言います。なので70%ほどの湿度が必要で、梅雨期はとっても固まりやすい時なのです。

こんなふうにみていくと、何十年も前からの漆器って本当に貴重ですね。
ちなみに、漆器は熱や酸・アルカリには強いのですが紫外線に弱いです。直射日光の当たる窓際の食器棚の保管は避けたほうがよさそうです。

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正と邪

雄牛は雄牛、馬は馬。
あとはめいめいにそこに見たいものを見るだけ(by ピカソ)

ピカソは目に映ったままの対象を描くのではなく、自分が理解している感じている対象を組み立てて描く方法を初めて行った画家。そして恋多き人で、多感だったのでしょう。友人の自殺、戦争、妻や複数の恋人との愛憎、その時々の精神状態が伝わってくるほどに絵の技法の変遷がすごいです。

ピカソの絵は、女性や人の二面性を表現していると言われてますね。
また自身をミノタウルスに反映させていました。
ミノタウルスは、ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物です。クレタ王のミノスが王位を象徴させる証としてポセイドン神に贈る予定であった牡牛を、贈るときになってその牡牛のあまりの素晴らしさに惜しくなり、別の牛に替えてしまいました。
それを知ったポセイドンは激怒し、ミノス王の妻がその牡牛に恋をするように呪いをかけます。その呪いで妻と牡牛が交わって生まれた子がミノタウロスなのです。そのためか、ミノタウロスはとても獰猛で男には乱暴し女は凌辱するやっかいものでした。

ピカソは自身の半生とミノタウルスを重ね合わせ、倒さねばならないと感じていたようです。自分のたどった全ての道を集約するなら、それはミノタウロスにつながるとの言葉を残しています。

ただ、この神話ではアテネの英雄テーセウスが自ら生贄になりミノタウロスを退治してしまうのですが、ピカソの絵ではミノタウロスを盲目にし少女に導か
せています。肉欲の象徴ミノタウロス、ピカソもまた自分自身を肉欲の権化と認識していたようです。自分の旺盛な肉欲が盲目の激しさであることを、盲目のミノタウロスを通して表現していたのかもしれません。

どんな人でも正と邪の両方を持ち合わせています。人間誰しも弱く、邪心が芽生え、罪を犯す可能性がある。 自分には邪心などないと思っていたら防ぐことはできない。内なる邪を自覚して、それを防ぐ為の
仕組みを作ることが大切である。

(帝王学の書『易経一日一言』竹村亞希子著より)

ピカソの絵が多くの人に愛されるのは、隠してしまいたい邪の部分を隠すのではなく、受けとめ表出してきたことも影響があるように思います。

ピカソが作り出した作品のミノタウロスの数々、じかに見れるものは少ないですが、また触れてみたいと思います

 
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